都電 荒川 線 路線 図。 都電荒川線の駅一覧・路線図・お出かけ情報

都電荒川線の駅一覧・路線図・お出かけ情報

1970年1月27日:小川町 - 須田町間廃止• 1900年に川崎電気鉄道から改称した 東京電気鉄道(通称:外濠線 、電気 )は、1904年12月8日に土橋 - 間で開業し、その後皇居外堀に沿って飯田橋、四谷、赤坂などを経由し土橋に戻る環状線を建設した。 線路跡やホーム跡は渋谷駅西口駅前広場となり、の大階段出入口が建設されている。 都心でありながら、文化と緑ゆたかなエリアです。 23系統:• 国際の1435mmと、国鉄在来線などのいわゆる狭軌のの中間のサイズ(どちらかというと前者に近い)であり、馬車鉄道に由来することから、と呼ばれることが多い。 SA-01 三ノ輪橋 SA-02 荒川一中前(ジョイフル三ノ輪前) SA-03 荒川区役所前 SA-04 荒川二丁目(ゆいの森あらかわ前) SA-05 荒川七丁目 SA-06 町屋駅前 SA-07 町屋二丁目 SA-08 東尾久三丁目 SA-09 熊野前(首都大学東京荒川キャンパス前) SA-10 宮ノ前 SA-11 小台 SA-12 荒川遊園地前 SA-13 荒川車庫前 SA-14 梶原 SA-15 栄町 SA-16 王子駅前 SA-17 飛鳥山 SA-18 滝野川一丁目 SA-19 西ヶ原四丁目 SA-20 新庚申塚 SA-21 庚申塚 SA-22 巣鴨新田 SA-23 大塚駅前 SA-24 向原 SA-25 東池袋四丁目(サンシャイン前) SA-26 都電雑司ヶ谷 SA-27 鬼子母神前 SA-28 学習院下 SA-29 面影橋 SA-30 早稲田. 13系統: - 大江戸線の延伸開業によって2000年12月に廃止(2002年に牛込地区の一部区間がとして新設)• なおフォード社が日本進出を決めたのは、東京市が市営バスのためにT型フォード800台を発注したためだとされる。 1924年(大正13年)王電の船方車庫として開設され、(昭和17年)に王電が都電に統合された際に荒川電車営業所と改称された。 新宿遊歩道公園「四季の路」 [ ] 靖国通りから大久保車庫に向かう回送線用専用軌道の跡である。

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都電荒川線

またにも、の2回当選している。 キーワード : 『都電荒川線 路線図』の関連ニュース• 1967年(昭和42年):財政再建に伴う都電撤去計画に基づき、第一次都電撤去(品川駅前 - 東京港口間他12線区・(通三丁目以南。 2015年4月には都営交通公式アカウントのナビゲーターに就任し、のマスコットキャラクター「」と交互に情報発信している。 1944年5月4日:廃止 蓬莱橋線(一部) 三原橋 - 蓬莱橋• 池ノ端地区 [ ] 上野公園前より池ノ端二丁目までの区間。 1968年3月31日より運転区間を新宿駅前 - 岩本町間に短縮。 三番町を招魂社脇(招魂社横)へ改称。

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都電荒川線 路線図

当初は全ての未成線を4カ年計画で整備する予定であったが、財政への悪影響を懸念した監督官庁の指導で計画を第一期と第二期に分割し、このうち第一期線が第一次継続事業計画の対象となった。 だが市民にしてみれば、こうした状況は電車を乗り換える度に運賃が嵩む 不便さがあり、次第に運賃の共通化を求める声が大きくなった。 (明治36年):の が動力をから電気に改めることで誕生した 東京電車鉄道(電鉄 )が、 - 間を開業。 軌間 [ ] 高円寺線・荻窪線(総称して杉並線)を例外として、それ以外の全路線のがである。 こうした経緯を経て、(明治28年)に開業した を皮切りに 、 など、全国各地で電気鉄道が続々と開業していった。 1909年頃:土橋 - 虎ノ門間新線建設のため撤去• なお、本形式は保存車両が多く、2020年現在も6両が都内各地に現存している(詳細は車両記事を参照)。 1969年10月26日:丸ノ内一丁目 - 日本橋間廃止• で次停留場での降車を知らせる。

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東京都電車

さらに同年にはも三ノ輪橋と同じスタイルに生まれ変わった。 1915年3月8日:本郷追分町 - 本郷肴町 新設停留所、本郷追分町、蓬莱町、駒込肴町 、本郷肴町 - 白山坂上間開業• 1968年9月29日:水神森 - 西荒川廃止• 当停留場はとの乗換駅とされている。 主要停留場においては、今度到着する列車の行き先と現在到達位置表示を行うが併設されている。 また現存する荒川線の軌道敷も道路中央に移設され、それまでの専用軌道は方面に向かう車路になった。 この様に、東京市内の路面電車は3つの会社によって別々に整備された。 6~11歳および12歳の小学生は90円、ICカード利用の場合は82円です。

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都電荒川線

外部リンク [ ]• 1971年3月18日:廃止 巣鴨線(2・18・35系統) 白山上 - 東洋大学前 - 千石一丁目 - 巣鴨駅前 - 巣鴨車庫前• 1967年12月10日:廃止 牛込線(3・12系統) 四谷見附 - 市ヶ谷見附 - 飯田橋• 都電の新世代車両3種(左から8800形、9000形、8500形。 同区間に都電唯一のトンネルがあったが、新宿線建設により移設された• 「東京市告示第48号」『東京市公報』1914年4月14日• その後8500形にも放送装置の更新に伴い英語放送が実施されるようになった。 () - 会報71「東京下町散歩」(荒川線)• 1909年頃? 1914年9月6日:(麻布三河台) - 六本木 - 青山六丁目(南青山五丁目)間開業 新設停留場、青山六丁目、南町六丁目、高樹町、笄坂上、霞町、霞町坂上、材木町• 1984年(昭和59年)7月〜 130円• 基本情報 読み方 とでんあらかわせん 運転区間 三ノ輪橋~早稲田 都道府県• 池上方面への延伸計画があったが実現せず• 当初は2形式全車を本形式で置き換える構想もあったが、財政面での関係や余剰車を出さないように5両で打ち切られている。 1911年4月16日:三ノ輪橋 - 下谷三島神社間開業• - 東京都交通局、2010年2月5日• そこで翌(明治23年)に東京・でが開催されると、東京電燈は同社技師長であった藤岡市助主導のもと会場内に170(約300m)の軌道を敷設し、藤岡らがのデモ運転を行った。 「荒川車庫前」を発車すると、車両は同車庫への引込線へのスイッチを越えて西行直進し、再度明治通りとの平面交差点「梶原」停留場に至り、さらに西行して大手出版・印刷会社であるの至近駅である「栄町」停留所に達する。 1910年7月28日:中ノ郷 - 業平橋間開業• 6km開業)• 1923年3月29日:中渋谷 - 渋谷駅前間開業 (渋谷駅前は西口の現在の前広場の位置。 その後、東急電鉄の前身である東京横浜電鉄と合併し、戦後は渋谷から下高井戸間の玉川線と二子玉川園と砧本村間の砧線の16. 1905年(明治38年):街鉄 上野広小路 - 西町間・亀沢町 - 小島町間が開業。

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1949年(昭和24年)6月〜 8円• 当停留場においては時間帯の別を問わず多数の乗降客が見られ、かなりの乗客が入れ替わる。 この先は、明治通りの東側に平行して南下し、桜ヶ丘高校・滝野川第三小学校至近駅の「滝野川一丁目」、老人ホーム飛鳥晴山苑、入口となる「西ヶ原四丁目」を走行する。 1921年3月26日:駒形二丁目 - 浅草間開業• 1916年3月1日:深川一丁目 - 門前仲町間開業、深川一丁目 - 黒江町間を廃止し、門前仲町経由に変更• 1928年12月25日:鬼子母神前 - 面影橋間開業• 乗換路線 乗換路線はありません• (報道発表資料 平成26年9月1日 東京都交通局) このコーナーでは、都政や東京のニュースや話題をとりあげ、インターネット情報と都立図書館の資料をご紹介します。 (昭和13年):玉電、東京横浜電鉄に合併。 関東大震災からの復興 [ ] (大正12年)9月1日、いわゆるが発生すると、東京市電は電力設備の機能停止で送電が途絶したちまち全線で運転不能となった。 2017年6月10日で最後まで残っていた7022号が運用を終了し、翌11日に荒川車庫で「ありがとう7000形イベント」が開催された。 。

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都電荒川線の駅一覧・路線図・お出かけ情報

「東池袋四丁目」を発車すると、「都電雑司ヶ谷」に到着、さらに左手のを巻き込むようにゆるやかに左カーブを描き、南方に進路をとって「鬼子母神前」停留場に到着する。 1967年12月:37,40系統廃止• 1908年4月12日:雷門 - 浅草間開業(雷門 - 吉野町間開業)• さらに地震後の大火災によって電気局本庁舎をはじめ営業所4ヶ所、車庫5ヶ所、車両工場などが全焼し、焼失した電車は779両に及んだ。 1929年7月19日:佐柄木町(淡路町) - 松住町間開業• 1920年9月19日:市ヶ谷 - 市ヶ谷見附間開業• 都電荒川線 廃止された都電の41系統とトロリーバスの4系統を現代の東京都の地図に重ねた資料です。 旧27系統終点の「赤羽」停留場は、JR東日本の付近ではなく、現在の近くのとが交叉する赤羽交叉点付近の北本通り上に所在していた(ただし都営バス王57系統はここを経由しておらず、南東に赤羽二丁目停留所が設置されている)。 1968年9月29日:廃止 築地線(8・9・11・36系統) 日比谷公園 - 数寄屋橋 - 銀座四丁目 - 三原橋 - 築地 - 桜橋 - 茅場町( - 人形町)• 1968年3月31日:廃止 古川線(4・5・7・8・34系統) 天現寺橋 - 古川橋 - 麻布十番 - 赤羽橋 - 芝園橋 - 金杉橋 周辺はセンターリザベーション化されていた• 1921年12月28日:駕篭町(千石一丁目) - 大塚仲町(大塚三丁目)間開業 新設停留場、丸山町、氷川下町• (昭和44年):第四次都電撤去(前 - 間他11線区)• 1967年12月10日より運転区間を南千住 - 日本橋間に短縮。 では、一部時間帯に限りホーム上に交通局職員立会いの運賃箱・ICカード読取機が設置されており乗車前支払いが可能となっている。

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東京さくらトラム(都電荒川線) 東京都営 路線図

30停留場全てが東京都に所在する。 一部は単線一方通行• 38系統:• 同時に荒川電車営業所内に旧型車輌(5500形・7500形)の展示施設が設置される。 飛鳥山付近の併用軌道ですれ違う都電8500形 愛称 [ ] 2017年3月、都交通局は利用者増と沿線活性化のため、荒川線の愛称を決めることとした。 1913年9月13日:(古川橋) - 白金志田町 - 白金郡市境界(白金火薬庫前(上大崎))間開業• 旧中川を渡っていた専用橋跡は同じ場所に「亀小橋」という名称の道路橋が架橋された。 以前は都営バスと同じく、の一つ前の列車を緑色背景の行き先表示で、最終列車を赤色背景で表示することによる告知を行っていた。 実際の旅客案内においては愛称制定後も「 東京さくらトラム(都電荒川線)」のように、路線名も引き続き併記している。

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